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MBC新水木ドラマ「アングリーママ(앵그리맘)」概略。

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現実の問題をファンタジーの鍵で解くことができるだろうか。

18日初放送されたMBC水木ドラマ「アングリーママ」は校内暴力に苦しめられる女子高生の娘を守るために再び高校に入学する30代の若い母、チョ・カンジャの話。キム・ヒソンがチョ・カンジャ、キム・ユジョンが娘のオ・アランを演じる。

初回では校内暴力を巡る冷たい現実が描かれた。アランが親友のチン・イギョン(ユン・イェジュ)をかばって同じ学校の学生たちのいじめにあい、カンジャが学校を訪れて校内暴力の被害を訴えたが逆に転校をすすめられる。教育庁からは被害にあった当事者の陳述がないと冷たくあしらわれたし、警察では示談をすすめられた。カンジャは縁のある判事を訪ねて行って、そこで自ら命を絶った学校の被害者のお母さんが責任を取れと言って泣き叫ぶ現実を見てショックを受ける。

アランに凶器を突き付けてイギョンの事に割り込むなと脅迫する「番長」コ・ポクトン(ジス)など「アングリーママ」が描く現実の風景は残酷で背筋が寒くなった。現実そのもののようでもあり、現実より誇張されたようでもある。だが明らかなのは校内暴力の現実というのが「アングリーママ」より絶対に思いやりがないという事実だ。だから「アングリーママ」が描いた校内暴力は現実と似ていているわけで、見届けるには気が重くなるばかりだ。

ただし「アングリーママ」は校内暴力の解決策としては現実とかけ離れたファンタジーを持ち出した。30代の母親が再び高校に復帰するという大きい設定からしてファンタジーで、初回で教師のパク・ノア(チ・ヒョヌ)がカンジャを学生に誤解する場面や、カンジャがナイトクラブに飛び込んで大きな図体の男たちを一気に制圧する場面などもファンタジーに近かった。結局ストーリー的にはカンジャが学校に入ったあと娘を校内暴力からどのように救い出すのかに焦点が合わされるものと思われる。

重要なことは「アングリーママ」のメッセージだ。残酷な現実を描写しておいて、解決策としてファンタジーを前に出すことに終わるのなら無力感を与えるだけだ。校内暴力は現実では克服できないと自らひざまずく形だからだ。

ドラマがあえて解決策を提示する必要がないのはもちろんだ。ただしどんな方法ででもメッセージは残さなければならない。校内暴力は相変らず現実の中でほしいままにされている、ある学生たちにとっては今でも癒えない傷であるためだ。気を使う素材を扱うだけに責任感も伴わなければならない。「アングリーママ」の前作である「キルミー・ヒールミー」もまた同様に軽くない「児童虐待」を素材に扱った。だから「アングリーママ」は「キルミー・ヒールミー」の道を参考にする必要がある。ファンタジー的な要素が大部分だったが「キルミー・ヒールミー」は児童虐待の傷をいたわり包み込む方法を選んだし、決して児童虐待を傍観するなと訴えるメッセージを残した。

娘のアランを演じるキム・ユジョンは制作発表会で「アングリーママ」を通じて多くの友達が傷つかないで肯定的な考えと共に家族と友達をさらに考える契機になるように願う」と望み願った。

母親のカンジャを演じるキム・ヒソンも「ドラマを通じて校内暴力の根絶を望みはしない。ドラマを通じてなくなるということは考えもしない」と言った。そう言いながら「単にこのドラマを通じて周囲の人々に関心を持たせる契機になるように願う。もちろん良い方に解決されれば良いがそこまで望めば無理もあるだろう。単に周囲の方たち、私たちの隣りの子供、近い親戚などに関心を持たせる契機になるように願う」と希望した。二人の希望が実現されるのを待ってみる。

記事元:마이데일리(←韓国語原文はこちらクリック)

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by madray1 | 2015-03-19 16:13
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